三百年来ここ京都伏見に居し柿渋を販売している株式会社西川本店です。
長年の経験を活かし本柿渋を厳選、柿の実を搾汁、発酵させた天然のエキス。丹精込めて出来上がった玉渋です。

柿渋(かきしぶ)とは8月下旬のまだ未熟な青柿のうちに収穫し、粉砕・圧搾して発酵熟成させたもの。
先人の知恵を生かし受け継がれた昔からの伝統をそのままに、質の良い柿渋を守ってきました。
丹精込めて出来上がった柿渋を弊社では玉渋(たましぶ)と言います。

使用用途
塗料として 木材や建材に 木目をいかした内装 外壁や玄関の外装
染料として 柿渋染め 和紙 一貫張り
古くは漆の下塗り 和傘 漁網 金糸 烏帽子等伝統工芸品
清酒や味醂の滓下げ(清澄剤)

西川本店の沿革

玉渋の元祖

西川本店の始祖は四郎右衛門と称し、今去る約四百年前の昔(安土桃山時代)近江の国、現在の京都市伏見桃山の地に居をかまえました。 以来代々 四郎兵衛右衛門と名のって元禄年間に至り豊富な桃山の渋柿を原料として柿渋の製造を始め、当時から既に伏見の酒蔵に出入りして 搾り袋や酒桶などの塗料に用いられました。

 

慶応ニ年、 四郎右衛門の頃から明治へと時代が移りかわるに従って、普通の柿渋の中で特に良質品で年数の経過した古い渋(玉渋)が 白ボケ酒の矯正によい事に着目しまして当時迄の塗物としての柿渋の用途から一歩領域を広めました。 以来「玉渋屋」とも云われ、玉渋の元祖と称される由縁であります。 大正の初め桃山の地が明治天皇御陵(伏見桃山御陵)となるにおよび柿渋の製造設備は南部、南山城地方の工場に移転しました。

 

当時より追々清酒滓下用(せいしゅおりさげ)の玉渋が普及する におよび玉渋の品質を改良し、全国の酒造家にその卓越した品質(嘉)印を広め今日の基礎をつくりました。 ここ三百年、京都伏見において100パ-セント純粋な柿渋の信頼をうけ、本日に至っております。

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